銀座かもめ亭銀座かもめ亭

第5話 麗子ママ 後編

麗子ママは赤ワインを一口飲むと一日の仕事終えた安堵感か静かに一息ついた。

「マスター、ご報告があるの。聞いて下さる?」
「はい。」
「神崎さんが社長になられたの」
「そうですか!それはそれは」

A社の神崎さんとママは30年来のお付き合いだ。

神崎さんがまだ新入社員の頃、上司のお供で来店した「クラブ愛」に
駆け出しのホステス、麗子さんがいた。
むろんその時は言葉を交わすことも無かった。

日々、仕事に奮闘する若手社員の彼にとって取引先との接待には疑問を持つこともあった。

自社の商品に力があれば商談成立も容易いもので
銀座のクラブで高額な接待費を使うなど不要なのではないか。

A社に入社して3年目のある日、拗れてしまった商談の取引先と宴席が予定されていたが
案の定、その席は終始盛り上がらず、そのままお開きにする訳にはいかないと、
上司は半ば強引に「クラブ愛」へ誘った。

「クラブ愛」は大箱だ。
ゆったりとしたソファ席へ案内され早速ママも同席。
取引先の方々と名刺交換を始めた。

すぐにホステス達も同席したが、その時神崎さんの隣に座ったのが
入店3年目の麗子さんだった。

まだ初々しさも残っていたが、凛として自信に満ちた麗子さんはもう一人前のホステスだ。

ここはA社の創業者が贔屓にしていた店で、
会社の御用達のクラブとして社員も接待に利用していた。
創業者の武勇伝は銀座でも有名らしく、ママはそれを面白おかしく話す。
神崎さんも何度か聞いているが、その度に笑ってしまう。
取引先も身を乗り出して聞いていた。

次に口火を切ったのが麗子さんだった。

A社の商品の愛用者だと云う彼女の商品への感想や疑問が
とても的を射ていたので上司も思わず
「メモを取らせてくれ!」と言っておどけた仕草を見せた。
「商品の1つ1つは素晴らしいのに、なぜ世の中の認知度が低いのかしらね?」
「営業が下手だから!?」
彼女のオチに上司は顔を赤くして頭を掻き、取引先は手をたたいて喜んだ。
大いに盛り上がった。
救われたと神崎さんは思った。

それ以来、彼は「クラブ愛」に自ら足を運ぶようになり
やがて麗子さんはNo.1ホステスを経て独立。
神崎さんも出世を重ねて社長になった。

無論、男女の関係などはない2人だが様々な節目を祝い合い
朝まで飲み明かすこともあった。
お互いを尊敬し、認め合っていたからこそ
互いの成長を心から喜びあえたのだと思う。

お客様の出世はホステス冥利に尽きるだけではなく
この仕事を続けて良かったと自分自身に言い聞かせる瞬間でもあるのだ。

しかし、お客様の華やかな人生の表舞台に彼女たちの出番は決してない。

「マスターもお祝いに一杯お付き合いくださる?」
「勿論。よろこんで。」

マスターはワイングラスにママと同じボルドーワインを注いだ。
彼女が神崎さんに悩みを打ち明けたのも、神崎さんのやけ酒に彼女が付き合ったのも
いつもこのカウンターだった。
そしてそこにはいつもマスターがいる。

「おめでとうございます!」
「マスター、いつもありがとう。」
二人は同時にワイングラスを静かに持ち上げた。
レイチャールズの♪愛さずにはいられない♪が流れた。