銀座のクラブには必ずママがいる。
自らの資金で店を立ち上げ、現場で「ママ」として経営する「オーナーママ」と
店のオーナーは別にいるが「ママ」と云う役職で仕事をしている
所謂「雇われママ」に分かれる。
大きなクラブ(大箱と呼ばれる)にはママが複数名いるなど
店のスタイルやコンセプトによってもママとしての仕事内容や立ち位置はちがう。
いずれにしても銀座で「ママ」と呼ばれるのはそう簡単ではなく
その役職を複数年継続できる人となるとごく限られた一握りの女性であろう。
百戦錬磨のお客様、気ままなホステス達、
少々無鉄砲な男性スタッフ(黒服ともいう)と良好な関係を保ち続けるには
ただ見目麗しいだけでなく、人として女性として
繊細な能力と魅力を備えていなければならないのだ。
かもめ亭に麗子ママがご来店だ。
今宵は真っ赤なドレス。
麗子ママが店に現れるだけで店はパッと華やかになる。
カウンターに並ぶ店の客達もハッとした顔で振り返るほどだ。
今日はお一人のご様子。麗子ママはオーナーママである。
社交場として女性達がおもてなしをするクラブでは
お客様も店側もそれぞれ様々な思惑を持っている。
それらの行き違いからのトラブルは稀ではないが
どんな場面においても迅速に最善の収束をさせるのもママの重要な務めである。
麗子ママがこの店で愚痴を言うことはまず無い。
仕事の話は楽しかった事、嬉しかった事だけである。
「マスター、いつもの下さる?」ママは赤ワインが大好きだ。
「かしこまりました。」
ワイングラスに注がれたのは真紅のボルドーワイン。
「お待たせいたしました。」
今夜、何か微笑んでいるかの様な彼女の口元は
通り過ぎて行った過去の良き日を思い出しているのかも知れない。
ワインの香りが漂う。
サラヴォーンの♪Misty♪が流れた。